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生活観や今までの仕事、日常でふと感じたこと等を気の向くままに書いていきます。

転機の記憶

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転機ときくと、僕の場合は季節ではいつも春を考えます。


春は出会いの季節であると同時に別れの季節、始まりと終わりの季節でもあります。


転機も何処かで何かの始まりがあるからこそ発生しうるモノなので案外、時期としては春が適切なのかもしれません。


最近は本当にマンネリな毎日を送っていますが、

今一度、過去を振り返ってみて「転機」について書いてみたいと思います。


ではではよろしくお願いいたします!

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浪人時代に突入するまでの僅かな期間に


中高時代全く勉強もろくにしておらず、あまり言いたくないのですがずっと毎日怠惰に過ごし時にサッカーに逃げていましたね(笑)

読書もせずに日々、家と学校のとの往復通学。

心の何処かで変な隙間を感じてずっと過ごしていました。

ただ、唯一の救いは今の時代の学生達の様に手軽にスマホが手に入らず、LINEやTwitter等のSNSに恵まれていなかった点です。

当時の僕がもし手にしていれば、器ではなかったのできっとその強大な力に振り回されて人生を棒に振っていたことでしょう。

当然、こんな怠惰な生活とまともじゃない精神状態で過ごしていたので受験に失敗します。

転換期というか、この時に感じた、愚か者が経験から学んだことは、

勉強していくには試行錯誤が成果を出すまでに大切というか必要な事、心は勿論のこと体が勉強についていけるようにすること、視力を早く取り戻すこと、

知らない、考えないということは人が生きていく上では物凄くリスクが高いということです。

この場合の転機は、気付くことと考えること、そして、知ることの大切さを身を持って思い知ったことです。

しかも、ど田舎だったこともありなかなか難しいという事実もありました。

自分に対する諦めや時間の使い方の重要性が人生や命に関わると考え始めたのもこの時期です。


受験と聞くと一見、殺風景な何かを想像しがちですが違います。


自分の出来なさや知識の欠損等の哀しい事実を目の当たりにしても色々と考え、挑戦し続けることの大切さを考えるきっかけにはなりました。

ただ、出来れば中学生の頃からその事実に気付けていたらと残念に思うのですが(笑)


大学入学後の生活


そんなに大した環境ではありませんでしたが(田舎の理系の国立単科大学ですのでw)、

日本全国から色々な人が集まってくるのでそれはそれで刺激になりました。


大学で学んだことはコンテンツそのものもやはりあるのですが、対人関係、特に「喧嘩の仕方」を学んだことでしょうか。


このことも今の僕の人生を構成する重要な要素となっています。


転換期といえば、転換期でしたね(笑)



目が見えず、あまりにも目が痛いので色々考え調べ、バイトしてお金を貯めて東京までレーシックを受けて復活したのもあれば、

大学卒業後にも親友として付き合うと思っていた当時の一番の友人に彼女を寝取られたというのもあります(笑)

目の前でキスまでされて思わず倒れそうになりましたが、

そのような衝撃があったおかげで今は多少の事では動じないようになりました。


当時の夜に一人で自室で泣いたのは今では良い思い出です(笑)

とりあえず、なんとか勉強や仕事、筋トレを頑張ろうだとか、お金を稼ごうだとか考えだした時期でもあります。

そして、何があっても人を変な形で傷つけたくないと考えた時期でもあります。

強さの中に優しさを秘めた生き方を目指しだした時代でしょうか。

あと一つ、転換期というかある程度悟ったのが、「時間が解決してくれる」という事実です。

時間というのは命であると同時に、時に薬でもあります。

何かの苦しみを抱えている人達は、時に時間の経過自体が彼らにとって薬になると考えています。

今、目の前に苦しみを抱えている人は自暴自棄にならずに多少持ちこたえて、時間の経過を待ってみてください。

時の流れが徐々に癒してくれることもある時はあります。

待つことも大切なんですね。

待つことも仕事の一部でもあります。

時間や待つことの大切さを実感しだした時代でした。


地中海への旅立ち、実はチャンスは意外に少ないという事実


当時は2012の秋、

一人で暮らしていた部屋でとある船員をリザーブする機関に身を置いていた時代でした。

その西暦の春に僕以外全員フィリピン人で構成されていた船で一ヶ月半ほど中国や韓国を回り航海していたこともあったのですが、

会社の事情で下船することになり、

秋を迎えていました。

そう、地中海といえば冷凍船の話です。

他の人達が断りまくる中でようやく僕に話が回ってきて二つ返事で行くことになりました。

最初は東京の事務所で話し、その後は成田空港発の香港、ヨハネスブルクを経由し、ケープタウンへ行きそこで乗船となりました。

ケープタウンで夜中にホテルを抜け出し、ちょいちょい人間観察をしていたのが懐かしいです。

戦闘になれば僕が殺されるので隠れて風景を眺めていました。

その後は当時の船長と一緒に乗船し、面倒見の良いインドネシアクルーの下でひたすら学び働いていました。

基本的にそれぞれの養殖漁場へ赴き、そこでアンカーを下ろし担当の網元達がショットガンでマグロの頭を撃ち抜き、

小型ボートで本船に運んできてクレーンで揚げて作業開始です。

詳細はまた別の記事でその内書きたいのですが、僕の全身からルミノール反応が出るような仕事でした(笑)

船員として長期乗船するのがどれほど大切で大変か、一度に自動車が楽勝で購入できる資金を手にした時の感触等を味わった機会でした。

あと、人生初の体重が72kgを超えた時代でもありました。

スーパー肥満タイムです(笑)

帰国してからは、学生時代のうざい奨学金を一撃で消せたので良かったです。


今振り返ると、こうやって海外へ行くことは現在出来ていません。

この時にチャンスだと考え、ろくに考えずに行くことに当時していたのです。

仕事で海外に行く以外にも、チャンスというのは本当に少ないです。

ただ、その辺りに転がっているだけでなくて自分がチャンスだと気付けないことも物凄くあるかと思います。

勉強にしろ、チャンスにしろ本当に数は少ないのでそのことを今後も念頭に置いて生きようと感じた時代でした。

転機、、、、、、、

振り返れば、それは自分の価値観や認識が変わる瞬間なのでしょうか。

世の中、諸行無常です。

同じ事は続かないのです。

転機というのは実は誰にでもあると思います。

そして、また、僕には転機が訪れると思っています。

ただ、それがなんなのか全く分かりません。

そう、人は30分先の出来事すら予測出来ないのです。



でも、今までの「転機」に該当する時代を振り返ってみた時にやっぱりあれは「転機」だったんだなあと思えるので転機はきっとやってくると思うのです。





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