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生活観や今までの仕事、日常でふと感じたこと等を気の向くままに書いていきます。

僕の過ごした、2011年3月11日を振り返る

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僕は、2011年3月11日は何をしていたかというと、

9日に見習い三等航海士として愛知県の知多半島にある、LNGバースから乗船し、

荷役が終了次第、その日は出航しひたすらそのLNG船はマラッカ海峡を目指し南西へ向けて航走していました。


9日は荷物の整理、船内見学、自己紹介や挨拶と環境に慣れるために色々することがあり、

その日からカタールへ片道二週間程の航海が始まったのでした。


お世話になった次席一等航海士が同じ大学の先輩で話が盛り上がる中、11日の朝を迎えました。


この時のことは、7年経過した今でも忘れません。

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サードオフィサー(三等航海士)の肩章です。

11日に自分が居た、海域は鹿児島県の喜界島の南側でした


名前だけ聞くとなんだか不気味な感じがする島ですが、れっきとした島です。


地図や海図で見ると沖縄県の一つとしてカウントされそうですが、鹿児島県の島です。


9,10日はこれから始まる航海当直と荷役当直、三等航海士としての専用の業務がどんなものか期待を膨らませながら過ごしていました。


やはり慣れない環境でしたので無意識にストレスは掛かっていましたね。


これからマラッカ海峡やアラビア海(海賊がヤバい所です。)を経由してカタール、ラスラファンへ液化天然ガス(LNG)を積みに行くということで不安にも駆られていましたが、、、、、、


書類業務や書き物をなんとかこなしていこうと考えていた矢先でした。

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突然、船長から皆に告げられる


9日に知多半島を出港して、11日の朝を迎えて普通に過ごしていました。


当時の当直の時間帯は、4時から8時、16時から20時という配置で、当直に入る直前の時間帯にニュースが入りました。


乗船している人達の中には青森県や岩手県、北陸から来ている方もいてて、家族に皆連絡していました。


当時の乗組員達の家族は皆、無事だったことを記憶しています。


ニュースを少し聞いただけで悪いイメージが膨らむ一方でした。


乗船したばかりの時にこういうケースは初めてだったのでなんだか落ち着かなかったです。


船員の仕事をしている人の宿命ですが、こうして乗船時に何かあっても船は引き返せません。


しかも、外航となると半年以上の乗船が殆ど当たり前になります。


僕は当時、愛媛県に住んでいましたがなんだか他人事には思えませんでした。


日本に帰還したのは、その約一ヶ月後、、、、、、


日本からマラッカ海峡を経由してカタールへ行くのに基本的に約14日、二週間かかかります。


往復だと日本に戻れるのは、約一ヶ月後になります。


今回の震災のような事があっても、頭の中で悶々としながら仕事して戻るので皆、精神衛生上よろしくはなかったようですね。


陸上勤務している東京の社員さん達もまあそれは、それはすごかったようで。


別の大手の船会社で陸上勤務している知り合いにも連絡してみましたが、帰宅難民が続出でタクシーに行列ができておどろいたと。


東京もすごかったようです。


さて、約一ヶ月後と二ヶ月後の日本では普通に東京湾に入り、

千葉県の袖ケ浦、富津で揚げ荷役を行いました。


あの震災の後でしたが、なんとか買い物のためにLNGバースを歩いて出掛けていきました。


何人かのフィリピンクルー達も普通に出掛けてお菓子をイオンで買い込んでいましたね。


結構ヤバい、ヤバいと言われていましたがこの辺はニュースと違うなと感じました。


現に今でも元気に僕は生きていますので。



どこかの船員達と〇〇電力


どちらも正式名称は出せません。


ただ、読んでいる方によっては、「あっ、察し」みたいな感じもするかもしれないですけど。


一言でいうと、

船員達からもそこの人達は物凄い嫌われていました。


普段から物凄く態度が悪い、横柄だったようで、しかも、相当無茶を要求するという。


今回の震災で今度は自分達が言われていたようです。


とある、船員達のコメントでは、「おたくの発電機、大丈夫ですか?」とかですね。


色々な船の食卓で当時、会話のネタとして使われていたと思います。



東日本大震災の政府側の件から、ドラマの『ぼくらの勇気 未満都市』を思い出しました。


kinki kidsが主題歌を歌っていた、冬に放映されていたドラマです。


当時、僕は中学一年生でなんとなく見ていたのを記憶しています。


何故、震災の政府の件とドラマを絡めたのか?


ドラマの事件は政府が起こした件で、しかも政府が強引に色々と隠していた点があったからです。


この辺り物凄く似ているなあと今でも感じます。


当時はなんとなく見ていましたが、今思うと誰かが予言していたのだろうかと。


ドラマのキャッチコピーで、「ぜんぶ、なくなった。 みんな、きがついた。 やっと、きがついた。」(連続ドラマ)とあります。


これが一体、何を意味するのかがどうも無関係に思えないのです。


そう感じるのは、僕だけなのでしょうか?


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総論


当時、出港した時に落ち着かなかったのは未だに記憶にありますね。

他の方を見るのもなんだかやるせないというか、、、、、、、



ぽぽぽぽーんの笑顔のCM、フルアーマー枝野さん、チェルノブイリ原発事故より酷い現実、

冷却水は溜まった後に地下水へ、


ウルトラマンだと、シーゴラス登場回やウルトラマンレオ第一、二話が自粛されたとか、

いまだに止まることなく海へ排出される汚染水(海に関わる仕事をしていた者として非常に懸念しています)、

耳のないウサギや他の見た事のない形態、メルトダウンしていないと言っていたのに実はしていたという件、

食べ物の基準値超えていなければ大丈夫という認識(野菜や魚介類、たまにスーパーで該当地域の魚みかけます。)、


枝野さん、あんなにフルアーマーだったということは実際にどうなっているか相当理解していたということなのでしょうね。

その周囲の人達も。


がれきを全国へ運ぶ、意味不明の痛み分け。 あれ意味ないですよね。 誰が言いだしたんだろ?



日本の電気を供給するために使われる、当時、乗船したLNG船を思い出すと電気のことも考えるのでなんだか奇特な感じもします。

ああ、自分の人生もなんだか数奇な感じがするなと。

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