NEXT SEA

生活観や今までの仕事、日常でふと感じたこと等を気の向くままに書いていきます。

田舎から飛び出そう! 不便さは大敵!

スポンサードリンク

この記事は過去の自分にも向けて書いています。



僕は小学校五年生から高校卒業迄と大学生活をとある中国地方の田舎で過ごしてきましたが、

今振り返ると、よく10年近くもそこで暮らしてこれたなと今でも思います。


この記事を書いている今では大阪市近くの割と街中に暮らしているのでとても信じられません(笑)


大都会というわけではないのですが、準都会のような所ですね。


Amazonと組み合わせて大変便利です。



では、ど田舎に暮らしていた頃のことを書いていきましょうか。
f:id:kawabutanosato:20180208232947j:plain

とある、中国地方の某県にて(小中学校時代)


小中学校と両方とも片道の距離がまず凄かったです。


小学五年生がスタートする西暦の三月にそこに引っ越してきたのですが、

まず山の中なんですね、お家が。


なのでまず山を下りて、ようやく平坦な道に辿り着きます。


小学時代は歩きで片道8km以上、中学時代は6km以上はあったかと思います。


当時はもう何も考えずに「学校とは普通に通うモノだ」と認識していたので何も疑っていませんでした。


毎日決まった時間にそれなりの距離を体のコンディションや天候に関係なく歩き、学校でそれなりに時間を使う。


今思うと異常ですね。


中学校だとしかも無理してサッカーを三年間やっていたのもあり、本当に我ながら無駄に頑張ったなと思います。


今、振り返って思うのは結局、何も自分の中に残っていないなと(笑)


ただ、毎日それなりの距離を無理して進行し、一日の時間を義務教育の環境で過ごす。


税金を使って頂いていましたが、しんどかった記憶しかないですね。


申し訳ないです。


しかも、田舎だったので体力的にもきつかったし、冬は地獄でしたので。


でも、この段階でもあまり自分の生活に違和感を感じていないのが怖い所ですね。



高校時代


自転車で家から学校までほぼ毎日片道10km以上の道のりを体のコンディションや天候に関係なく走っていました。


はい、あの山の中から隣町までという、とんでもない片道の距離です。


夏は汗だく、冬は指の感覚がなくなりいっそのこととどめをさしてくれと言わんばかりの苦痛でしたが。


当時も妙なストレスというか、違和感は感じていたんですね。


まあ、しんどいなと。


ちょっと考えて行かないとか、なんらかの工夫をすれば良かっただけの話なのですが、


この時代も自分の中に何も残らず終わりを迎えました。


やっぱ色々と不便でしたね。


今ならノーパンク自転車のことも知っているので検討するのですけど。
sea-of-revival.hatenablog.com

知識と情報は身を助けます。



浪人時代


実は当時、父親が単身赴任をしていたこともあり愛媛県松山市で浪人生活の前半を過ごしました。


この年の八月下旬に予備校をやめて母親の元へ帰還することになるのですが、

この話はまた別の機会に書くことにしましょう。


僕の高校卒業時迄に住んでいた土地と違い、ラフォーレ原宿愛媛県松山市のは一号店だったが、既に撤退済み)、高島屋やなんやらが徒歩圏内にあり衝撃を受けました。


他所に行って住んでみてようやく違いを理解したんですね。


愛媛県も地方なのですけど、まあ松山市の市街地は当時も本当に充実していて色々な意味でショックを受けました。


今まで自分が住んでいた土地がなんだかなーと思うほどに(笑)


東京や大阪はもっと凄いのですけどね。



大学時代


かろうじて推薦入試で田舎の某国立大学へ滑り込むことが出来ました。


本当に田舎だったんです。


海と山しかありません。


もののけ姫の舞台みたい。


近所に小さいスーパー、7-11、大学生協しかないんです。


夏は灼熱地獄のようで、冬は海が目の前にあるため恐ろしく寒い。


街へも物凄い距離があるのでバイクや車がないと所謂、オワコンになります。


オペラ座の怪人の島みたいに閉じ込められた感じです(笑)


そんな中で数年間を過ごしてきたのですが、うーん、良くなかったですね。


不便さもまた時間や労力の泥棒だと今の自分は言語化してしまいます。


こうしてなんやかんや当時の時代を過ごしてきて、インターネットにもその答えを求めてきました。


ある日、見つけたのですね。


とあるアメブロの方のブログで、「貧乏人ほど東京に行くべきだと」

ずっと田舎で過ごしてきた身からなんとなく考えてみると、

東京=怖い所、ろくでもないみたいなイメージが本当にあったのです。



まあ、空気は汚いのですけどね。


そのインターネット上で見つけたきっかけのようなものが頭の中に引っ掛かってきて、

色々調べている内に、もう自分で選ぶことが出来るのなら、

ど田舎でなんか暮らすもんじゃないなと考えるようになったのです。



田舎から出てくる総論


親の扶養の元で生活していた時代と大学時代は田舎で生活をせざるを得なかったです。


無理して抜け出すことも出来なくはなかったのでしょうが。


体の何処かで違和感はあったんですね。


田舎と不便さは隣りあわせだと。


今はこう、言語化して表現しています。


インターネットを「きっかけ発見装置」だと認識し始めたのも都会の事を中途半端に知り出してからでした。


ようやく自分の中で違和感の正体が見えてきていたので。



居心地良い人はそうそう離れられないかと思いますが、今生活していて何処かで何かおかしい、不便だとかの感覚を感じているのなら、

一度、東京や大阪に来てみるのもありでしょう。



特に若ければ若い程良いです。


東京や大阪に若い時に出てきてある程度働いて、今、地方で東京や大阪の単価で仕事を受けてお金を稼いでいる人を僕は知っています。


今、その人達はとある地方に居てますが、

若い、動ける時に東京や大阪、海外に行き人脈を築いたり何らかの実績を積み重ねて帰って今の状態に至るのです。


そんな生き方もあるのです。



飛び出せるなら、田舎から飛び出して都会を検討してみるのが良いですよ!

top

スポンサードリンク