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生活観や今までの仕事、日常でふと感じたこと等を気の向くままに書いていきます。

寂しさを感じない 執着しない人間関係(主に中高編)

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SHOとは?


飼い猫のちゃとらの寝ている姿を見ていて、ふと思い浮かんだハンドルネームです。


すみません、嘘です。


適当に思いついたので書き記しただけです。


深い意味はございません。


本格的に一人で色々と動いていくようになったのは中学一年生の頃だったように思います。


その辺りの時期に何人かと釣りに行ったり、遊んだりしてあまり楽しくない事を肌で理解し始めていたのでしょう。


1人で何かするのが好きだというのも勿論ありますが、誰かと居るのがあまり合わない性質で生まれてしまったようです。


執着していない人間関係


振り返ると、中高時代の友達とは誰とも連絡を取っていません。


そこまで親しかった人が居なかったという事なのかもしれませんね。


1人、心当たりありますが、長く連絡を取っていないとおそらく互いの人間関係のランクは一気に下がるのでしょう。


自分は山口県のとある所でその時期を過ごしていましたが、今思うと楽しかったのは(平和だったのは)中二だけだったように思います(笑)


当時の担任の教師が菩薩の様に優しく妙な癖が無かったのと、

級友達殆どが自分と合っていた(中学生ながら人間的に良かった。)のだと思います。

(多くは公立中学校ではなく、進学系の私立中高へも行けた人が居てました。)



実際に彼らの多くがそれぞれの高校卒業後に東京か大阪、又はその周辺に進学し田舎を離れています。


中には某有名メーカーで現在、主任を務めている人もいるようで当時から優秀でしたが単純に凄いなとは思います。


その現地に執着する程の人間関係が無かったからこそ、今こうして都会の近くにすんなり来られたというのもあります。


両親が当時の田舎に家を作っていたら、おそらくそこを意識してまた住居を検討したかもしれません。


いずれにせよ、執着する要因が殆ど無かったのは今となっては良かったです。


ただ、大学時代は?


大学時代はあまりその土地から離れすぎていない状況でした。


しかも、その土地に勝らず劣らずのど田舎にある、秘密基地みたいな作りの大学だったので(要は自然でできた要塞です。)不便でありました。


僕は勉強があまりにも出来なかったので、無事に合格したこともありそこへ進学して数年住むことになったのですけど。


自然の要塞、、、、、、、本当に海と山しかなかったです。



近くの岩場で泳いでいてタコを二度捉えてタコ飯にしたこともあれば、ウニや岩海月に刺されてもがいた過去もあります。


東京から来た人とかびっくりしたでしょうね。


今、選べるのなら絶対に行きませんね。


行く理由もないです。


不便で物価も高い、冬の寒さは本当に酷い。


こうだとメンタルも良くなる筈もないですね。


人には今しかないです。


あと、歴史や人生に「もしも」もないです。


news.livedoor.com
「親友はいない」有吉が語った友達論が深い
上記リンクは今となっては鮮度は古いですが、数年前にも目にして自分も幾らか心当たりがあります。


また、中川淳一郎さんの嘗て書いた「縁の切り方」の内容にも通ずるようにも思えます。

社会人にとって大切なのは、自分の家族と仕事仲間(職場関係の人)に自ずとなっていきます。


働いている人の多くはこの意味がかなり分かる筈です。



僕は船員をしてきてその間もやはり自分の家族や職場関係の人と関わる時間がずば抜けて多かったですし、


今の環境でも自分が関わる場合、自分の家族か職場関係の人と過ごすのがメインです。


この流れは今後も大して変化しないと思います。


人一人が管理する人間関係や所持する私物の量なんてどうしても限界が発生するので。


かなり冷酷な記事にも見えますが、事実です。


寂しさを感じない、、、、、、単なる精神的不感症なのかもしれませんね。


割と忙しい環境に身を置き、今もそんな感じなので「寂しさ」に目を向けていないだけなのかも。


今後、機会があれば観光の名目で自分が中高時代を過ごした土地に行くことはあるかもしれません。


住むことはあり得ないでしょうが。


seaotterman.hatenablog.com
あっ、目次のやり方忘れていたのでまたこの方の記事を参考にさせて頂きました!



ありがとうございました!

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