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生活観、今までの仕事、日常でふと感じたこと等を気の向くままに書いていきます。

意外と時間ってないんだなーと(でも、時間は誰に対しても平等です)

22日から自分が仕事をしていた場所から少し移動して仕事が始まりました。


その前の21日は丸ごと、お休みをいただいたのですが、やはり意外と時間ってないんかなーと結構強く感じましたね。


今の仕事の時間帯と自分の体力との兼ね合いを考えると、

結構、時間と体力がカツカツなんやなと痛感します。


起きたのも昼近くだったので、その時点で一日の半分が終了しているわけです(笑)

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中高時代は頼むから、早く過ぎ去れと時間に対して思っていました

家や学校での人間関係が最悪で、通学時間と距離が洒落に慣れない程度、自分が何をすべきかすら分からないとカオスでした。

最大の不幸は、何が自分を不愉快にさせているかという、不愉快の正体のかけらすら掴めない状況でした。

出口汪先生の言葉を借りると、「カオス」の状態だったという表現が適切です。

もう猿というか、動物でしたね。

正体不明の苦しみの中、時間が何故か早く過ぎ去れと考えるだけ。

今思うと完全に無駄遣いです、時間の。


時間よ、とまれ


今の自分の時代だと、筋トレにせよ、睡眠にせよ割と自分の自由と責任の範疇で色々とやり出したので、

体で時間の価値を理解するようになりました。

愚か者は経験から学ぶしかないです。

ようやく体で感じ始めてきたということでしょう。

なかなかジムに行けないとか、本を読む時間と体力が一致しないとかの苦しみを絶賛味わっております(笑)

でも、時間の価値を体で理解出来るステップは通過出来たのでそれはそれで気づきがあって良かったです。

価値を知らないと、扱いがぞんざいになるからです。

明らかに意識は変わりました。


時間を持て余した中高生、読書や勉強に打ち込もう


この事は嘗ての自分に対する遺言状みたいなモノです。

自分は自動的にスポーツばかりにベクトルを向けていましたが、

この時期は時間を持て余しているなら読書かなんらかの勉強をして脳のOSを強化する方が得策ですよ。

得する方が多いかと思います。

後々、論文やブログを書く際に間接的に役立つだろうし、

意外な所で自分を支えてくれる筈なんで。

必要あれば中高の学校を自分の生活、いや、人生から断捨離してしまっても良いかと思います。

別のルートで大学進学も実現可能だし、その時期の時間や体力こそ物凄く価値があるので。

理解ある親御さんが居てれば、更に加速するでしょうね。

今の自分であれば間違いなくそうします。

例え周囲が反対しようとも。

確信を持てば、行動はより鋭くなります。

状況より自分の状態のあり方が先なので。

そうすれば、後からお金やなんやらが付いてきます。


時間に対してシビアになるというのは、人と違う事を必要な時にすることでもある


というわけで、必要あれば学校に行かないという選択肢も出てきます(笑)

学校断捨離です。時に、人間関係の断捨離。

目に見えない断捨離ですね。

言語化すれば、行動の断捨離というか、そんな感じです。

たった一度きりの人生、主役は自分です。

何か文句言われれば、文句あっか?と問いかけられるくらいの強気の姿勢が誰にでも欲しい所です。

シーシェパードやグリーンピースとやりあってみたかった2009の春 (捕鯨船社に入社しそうになりました)

水産や船と縁のある環境で数年過ごし、進路をいよいよ決めるという時期に時間があったので、

多少気になっていた東京都内の某捕鯨船社へ会社訪問に行った過去があります。


その日は晴れていました。

たしか、そのオフィス近くの食堂でマグロの刺身定食を食べたと記憶しております。


当時はあまりにもこの件に関する情報が少なく、HPもない、インターネット上の情報も嘘の情報すらあまり見当たらないとそれはそれでしんどい時代でもありました。


他の学生達が商船や陸上の何らかの仕事を選択する中で当時、自分が考えていた「捕鯨船」、

そのことを振り返っていきたいと思います。


※採用された際に乗船する時の役職は次席の三航士(3/O)です。


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その環境での、リーマンショック直後の就職状況


わけ合ってリーマンショック直前と直後のその学校周辺での就職状況をそれなりに眺めることが出来ました。


結論からいうと、リーマンショック直前はまあ多少横着していても受かるポテンシャルがある人は合格していたことが多かったように思います。


その代は元々、優秀でちゃんとした人が多かったというのもありましたけど。


では、リーマンショック直後だとどうなったか?


合格する人はするべくして内定を手にしていた人が多かったように思います。


海技免状と無線、英語の力、それなりに動いた企業訪問と本人なりの研究とそれで合格した人も知っています。


景気が悪化したから合格しにくくなってはいましたが、

それなりのレベルの人はすんなり通過していたように見えました。


学校での成績を物凄く気にする某大手企業での成果はその年はなんと! 0でした。


落ちた、とある人から愚痴られましたが、筆記試験を一級持っていてもダメだったと。


まあ、その人は準大手になんとか受かったので良かったですが。

今頃は二等機関士以上の役職をされているかと思います。


まあ、色々ある西暦でしたね、2009は。初頭は特に(笑)


どうしても内定が欲しかった自分


今振り返ると、船にも航海士にも何も興味が無かったんだなと自分で思います。


そういう環境に偶然入り、そうした方が良いのかな?という意識でやり始めたというのが正確な現状でした。


言葉で表現するとこうなりました。


ただ、当時は自分の中で「謎の安心感」が欲しかったためか、色々と耳にして捕鯨船の事を考え始めます。


で、会社訪問のアポを取り付けて行きました。


人事の方は同じ大学、世の中狭い


優しそうな方でした。


今も陸上でお仕事されているのでしょうか。


話していると、同じ大学の先輩で東京まで来たのに世の中の狭さを強く感じましたね(笑)


いきなり内々定をいただきました。


やはりなり手が少ないというのでしょうか?


そこで見た、シーシェパードやグリーンピースの現状


最近はあまりニュースで見かけることはなくなりましたが、

シーシェパードやグリーンピースのしていることがもの凄く危険で環境破壊にもつながることが多いことでした。


火炎瓶の投下とかよく聞きますよね。


あとは船体をぶつけてくるとか。


日本側が捕鯨をするのも調査のためと、鯨の胃袋を開いた際に確認できますが、

秋刀魚や鯵、イカ等の食料になるであろう資源を物凄い食べ荒らすから適度に鯨を減らすという意図で捕鯨をしています。


その事を写真やら図で教えていただきました。


補厳船で働くというのは、そういった環境保護団体(笑)と対峙することでもあるのです。


否応なく戦闘に突入することもあるということですね。


海上での、シンボルエンカウントになります。


下関の港でも見学させてもらった

山口県下関市に寄港する機会があったのですが、

その際に捕鯨船の一つが港に停泊しているため、見学させて頂いたことがあります。

船名は、、、、、、忘れました(笑)

なんとか丸だったような。

標準的な練習船の規模に近いと感じました。

夕飯を作っている時間帯だったので臭いもあり、美味しそうでしたね。

なにより、当時の船長が僕の弟と出身高校が同じだと知り、またまた世の中の狭さを知ります。

狭すぎ(笑)


大学の教官との対話、その先の決定


僕としては内定先の確保ばかり頭にあり、元々あまり将来のことは考えていませんでした。

やはり船や海にあまり関心が無かったのでしょうね(笑)


とある対話した教官も同じ大学出身の方でしたが、

その先生の同期も同じ捕鯨船に乗り、退職したというほか、色々なお話を伺い、

その後は考えに考え、やはりやめておくことにしました。


内的先の確保の面でいえば、恐怖でもありましたが、

業務の内容、危険性等考えたら自分にも合わないだろうと感じたためです。


捕鯨船は組合船でもあるので、福利厚生やら待遇では結構良かったりしますが。


後に某内航タンカー船社で、元捕鯨船の作業員を務めていた方とお会いすることになります。



総論 - シーシェパードやグリーンピースとやりあってみたかった

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それは叶わず、捕鯨船への道を断念することになりました。


まあ、鯨の解体作業やら船に搭載された工場設備の扱い、自分の体力、あまりにも不規則で危険な生活と

チキンな自分は断念することになりました。


物凄く関心があったわけではないのも一因ですけども。


たまにスーパーで鯨を見つけたら齧る程度です(笑)


大学入学前に捕鯨船に関心のある方はある程度は調べてみるのも一考かと思います。


なんだかんだいっても海技免状の絡む独占業務の一つですし、

なかなか体験出来ない内容も多くあります。


捕鯨船での航海士や機関士を経験した後に練習船や内航船で働いたって良いのです。


今だと自分の経験をブログ記事にして書くことだって出来ます。


僕の見た限りだと、労働内容は非常に過酷ですが非常に限定的な環境でもあるので気になる方は是非どうぞ。


まあ、サラリーマンよりは稼げますよ。


それなりに危険ですがね(笑)

レーシック、最後の決め手は一か八だった

レーシック、、、、、時々誰かに話すと費用が高いだの、怖いだのとほぼどちらかの返事が返ってきます。

まあ、無理もないです。

大金を投入したとして、しかも余計に視力が低下するか、その他のまだ見ぬ不具合と遭遇するかと未来が読めないので。


ただ、自分が短期間で真剣に検討し始めたのは、2005の秋頃でした。

その時の家や知人での生活、僅か二週間近くの乗船実習とあまりにも生活の不便さを感じたからです。

これから先もこの不便さを脳に抱えながら生きていくのか?と途方に暮れ、イチかバチかの考えでしたがお金を貯める決意をしたのでした。

今、言語化すれば、当時の心境はこれから先の時間を更に無駄にしてまで生きるのか?と自分に問いかけたのでした。
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乱視とドライアイによる苦しみ

これは意外とありふれた様で難敵でした。

特に乱視は浪人時代の2003にも苦しめてきた難敵の一つでもう離れて10年以上経過していますが、

二度と体にあってほしくないほどのトラブルでした。

夜の光がぶれるのが自分の中で我慢ならなかったのですね。

それにドライアイが重なり、目と脳が繋がっている事実から頭痛や余計な事を考える機会が増えてしまうという地獄でした。

人間、追い詰めらると決断は早いもので、すぐになんとかしようと考えるのが実は一般的だったりします(笑)

メガネやコンタクトレンズでカバー出来る、満足出来る人ならそれでいいのでしょうが、自分はそうではありませんでした。



両親の情弱さと視野の狭さ、そして無知さ


田舎でしかも、現代ほどインターネットでのコンテンツが普及していない当時、かなり苦しかったですね。

両親もメガネかコンタクトレンズしか知らず、今風でいうと情弱、視野も狭い、意外と無知とたいへんでした。

まだ黙っているならいいのですが、こういう危機もあるのです。

僕としてはきっかけが2002の夏に読んだ大人向けの雑誌が始まりだったりしますが、

当時からグーグルの検索エンジンで関連事項を念頭に調べ続けるという価値観でもありました。

諦めたら、そこで試合(僕としては人生)終了だと見ています。

今回、その対象がレーシックだったわけですが。

レーシックに限らず、田舎の両親がいて情弱とか無知さに関しては相変わらずあると思います。

今の東北や九州の田舎とかもすごいんでしょうね。

抽象的な表現になりますが、自分で疑問や改善点が脳裏に浮かべば諦めずに調べ、思考(試行)し行動するしかないと思います。



人間、先の未来に希望を持っているから、今を狂わず生きていける

大学のとある先輩に某水産加工工場でのアルバイトを紹介して頂き、

その労働期間は本当に全てを犠牲にしてお金を作ることばかり考えていました。

全てはレーシックのために(笑)

その時しかできないと本能的に理解していたことも一因です。

出稼ぎに来ていた中国人労働者達と真夜中から昼過ぎまでひたすら働きました。

生活サイクルが壊れるのでマイナス面もそれなりにありますが、ある程度のかたい目的があればそんなに気になりません。



今、享受しているメリットと複数の震災ニュースを眺めて、、、、、、

普通の労働をしていても、船員時代を振り返っても目覚めた時にすぐに動けるというのがメリットでした。

すんなり色々な形で動けることを自分の中で常識にする。

当たり前のようでいて、当たり前じゃない。

それを今、実現しています。

集中力の度合いにも影響しますね。

考え続けたら際限ないです。

他だと、震災系のニュースでメガネやコンタクトレンズの供給をいきなり断たれた人達の事でしょうか。

言い方を換えれば、目玉が奪われたとでも言えましょうか。

日本が「地震大国」であるということは有名な事実ですが、実はこんな形で視力に関する話題にも影響してくるのです。

ここから、歴史から学ぶ方が良い項目も出てきます。

ただ、最後に考えて決断するのはほかならぬ自分なのですけどね。



総論

必要があって不便さを受け入れるのは、まあ賛成です。

ただ、僕の中で今は不便さ=不快な出来事と認識出来る程です。


ところで、僕には弟が居てるのですが、今は東京のどこかに居てます。

その気になれば、たやすくレーシックを受ける時間も費用も用意出来る筈ですが、

どうもそうならないようです(笑)

ようやく重い腰を上げて、「格安スマホ」を契約するようですが。


考え、決断するには、まず知る。

そして、自分の中や周囲で不快さや疑問を体で感じる。

で、どうにかしようと誰かから話を聞いたり、グーグルから探るというのがこれからも一般的かと思います。


僕の今、契約している「ラインモバイル」も多少調べただけで、最後のほんの僅かのステップはイチかバチかでもありました。

些細な事ですが、決断する最後の所は自分の感覚によります。

奨学金を完全に消した、2013の秋

奨学金、、、、、借りていても脳内に記憶がこびりついているとうざいですよね。


借りておいてその言い方もなんですけど、金額が多くて実生活に影を落としていると誰でもそうなります。


今回は借りた奨学金と自分の思う所も書いていけたらと思います。


多分、あまり人様のお役には立てませんが何かのきっかけにはなるやもしれません。

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給料をもらい始めてから意識していました


厳密にはもらい始めてから2,3か月経過後に支払いを開始したのですが、、、、、、、(月に三万円です。)

なんというか、コツコツと返していき、

タイミングが合えばどこかの段階で一気に消す考えでした。


三万円を月に返済するやり方でまずは一年間やり、36万円を消しました。


色々な事情が重なり、ストレスが半端なかったのですが借りた側ですしまあそこに意識を向けてなんとか色々やっていました。


今は笑って話せる内容ですが、今同じ事をやれと言われたら絶対拒否しますね(笑)


あまり良い経験でもなかったので。


本当にコツコツやっていた、つまらない一年間でした。


たまに乗船して働いている時の方がまだマシだった記憶が、、、、、そんな2011,2012でした。


奨学金とはいえ、立派な借金です


教育と聞くと何やら神聖なイメージが湧くでしょう?


それが奨学金を安易に借りてしまう理由の一つになっているようにも思えます。


僕の場合、月に三万円を三年間借りるというわけで元本だと、108万円借りる考えで行きました。


第二種だったので計約110万円の返済になったでしょうか。


ある程度抑えた金額でしたが、三年間も積もると結構な形になりますね。


今振り返ると、今の自分であればそもそも借りようとは思わないし、

何より無理をして都会の方へ行っていると思います。


都会の大学生ほど奨学金を借りる必要もかなりなくなると考えているからです。


色々な仕事等の選択肢が多いのが理由ですが。


お金を貸す側からすると、借りる側の事情なんざ知ったことではありません。


可能であれば極力早くかえすべきですね。


その意識は当時、お金がないながらにずっとありました。


両親や家庭から来た価値観なのでしょうが、おそらく今後も変わらないでしょう。



奨学金を一気に返済出来たフェーズ


冷凍マグロ運搬船の航海士と乗船出来た時に返済出来ました。


ある日、その話が舞い込んできたので二つ返事で地中海へ向かいました。


その途中で香港、ヨハネスブルグ、ケープタウンと非常に危険な所を通過しましたが、

目的があったので当時の自分の意識にはあまり影響しなかったです。


一旦、約半年間地中海でひたすら蟹工船の労働者のように働きながら考えていました。


おそらく一撃で消せるであろうと。


手がゾンビのようにズタズタになりながら、マグロの返り血を浴びながら日々、親方達にどやされながら生活していましたが、

この考えを捨てることはなかったです。


チャンスが殆どないことも無意識に理解していたのもありもう進むことだけしか頭になかったです。


地中海の操業、スエズ運河やアラビア海経由で日本に戻る際に傷一つ負わず、

海賊と戦闘することもなく無事に帰還出来ましたが、

その次は南半球での操業が控えていたので、返済出来ませんでした。


帰還できた、9月上旬に完済の準備を開始させます。


日本育英会に電話しただけですけど(笑)


ある程度、質祖倹約にしていた生活内容


本当にそうしていました。


僕以外の存在に一時期、大金を投入していた時期もありましたが、

それ以外の生活では本当にまあ質祖というかつまらない生活でしたね。


他人様から見て間違いなくそうだと思います(笑)


まあ、多少は家族間のトラブルもありました。


思い出したくないほど嫌ですね。


お金だけの問題ではないのですけど、一度信用や人の心が壊れると手遅れになると強く感じた時期でもあります。


奨学金が完済して、マイナスの負荷が消えた時


電話一本で処理したのですが、なんだかあっけなかったです。


後から郵送されてきた通知は証拠として未だに所持しています。


色あせる頃には笑って話せる思い出になるのでしょうか。


当時の人生の立ち位置は、僕の場合だと数直線で表現するとマイナスからようやく0の舞台に立てたというのが正しいでしょうか。


決してまだプラスとも思っていませんが、このような表現になりました。


奨学金の話題内容は、実は中高生の頃から勝負が始まっている!!


特に大学へ進学することを意識している中高生が該当します。


まだ早いとか言われそうですが、後から来る負担を考えれば彼らと接する人達が伝えてあげることがやはり一番良いです。


それだけ重く、大切なテーマになります。


彼らも話を聞いてもピンと来ないでしょうが、借金の一つだという伝え方をすれば理解が進むでしょう。


借りる前から勝負が始まっているのは意外と知られていませんが、重要な事実です。


リーマンショック直後に就職に失敗し、多額の奨学金を抱えていた元知り合い


元知り合いと書きましたが、もう知り合いでもなんでもないのでここでネタになって頂いています(笑)


あまりに無計画に借りて、しかも不況の大波、意味不明なプライドを持って生き続けるとこうなるよ!という、

反面教師のような項目内容を記載していきます。


僕の就職すべきであった時期は、実は、リーマンショックのほぼ直後でした。


まあ、恐ろしい時代です。


それまで履歴書を書けばバカでも通過するような企業も程々あって、調子に乗っている学生達もそれなりに居てましたからね(笑)


さて、その知り合いもその中の一人でした。


どうなったか?


貧しい家庭だったようで普段から節約というなのケチ生活をして他人にたかり続けて卒業に至ります。


途中で彼女に将来性がないことで振られ、ストーカーまがいなこともしていましたが、復縁には至らず。


卒業時には約600万円近くの奨学金を抱えており、しかも第二種だったので利子も含めると寒気がしますね。


プライド(笑)も高かったので、その時代でも教授が紹介した仕事もすぐに蹴り、

ホームレスになってしまいました。


卒業間際には自暴自棄になり、パチンコやらスロットで奨学金で出来ていたお金で散財と見事なまでに転落していきましたね。


世の中にはこんな人も居てるんです。


なにわ金融道に出てきそうな人みたいですね(笑)


せめて、そのお金を自分のレーシックや脱毛とまあまあマシな形で使うとかに考えられたら良かったのですが、、、、、


卒業後のこともまともに考えられずに、追い詰められて破滅していった愚かなケースです。


哀しいお話ですが、世の中にはこんな人も居てるんです。


もしかすると、今は西成区に居てるかもしれません。



奨学金の総論


上記の具体例は実話です。


奨学金に限らず、借金は借りる前にこそ勝負の行方が隠れています。


しかも、ある程度のお金を手にしていてもすんなり返せる自分の状態なのかも問われます。


自分の中の総合力が問われるのです。


人間、お金と時間、体力がないとほんまに追い詰められます。


そして、その「何かを失う」ことに対する耐性が無い人ほど先に脱落していきます。


これから先にリーマンショック以上の衝撃的な出来事が控えているやもしれません。


いつも皆が笑える話題が控えているわけではないのです。


極力うまくいくように考える、自暴自棄にならないように自分の命やお金の設定ラインを見誤らない、

ヤバい時には動かない、変な努力をしないことが必要になってきます。


どう動いたら自分が危ないか?

それらを見極めながら窮地を脱していきたいですね。


基本的に明るい内容のブログ記事を考えるようにはしていますが、

当時三年間程の目の上のたんこぶであった奨学金の事は良くも悪くも自身の思い出でもあるので、

他人様のエピソードと交えながら書かせて頂きました。


誰かのお金に対するシビアな考えの素材になれればとも思います。

モノの扱い方で、その人のことが結構見えてくるのは本当です

二日前ほどから気温が徐々に上がってきていい感じです。


心の中の元気具合が見事に気温と一致しているかのようです(笑)


このまま四月まで気温が良い感じだと良いのですが。


寒いのやだな。


さて、ここ数年の間に見ようと思わなくても見てしまう内容も色々とありましたが、 物の扱いで自分が他人をみていて感じたことを今日は書いてみたいと思います。


ぶっちゃけ多くの方達に結構あるあるではないかと感じていますけども。


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割と最近の内容だと、、、、、、、自分の見てきた現状


www.jimpei.net
このような記事があります。


Twitter経由で少し前に知りましたが、実際に僕も大阪での生活を含めて色々な所で見てきたのでほぼ確信に近いものを持っています(笑)


スマホの画面割れの具体例でいうと、

結構色々なところで見かけますね。

電車内、飲食店、知り合い、ショッピングモールでの買い物と本当に至る所で見つかります。

自分の見た限りだと、やはり女性の方の割合が多いです。


大阪で見た内容なので名古屋や東京での現状は知りかねますが、気づかれた方がいらっしゃったら是非記事にでもして頂きたいですね。


それにしても割れた後も気になりますが、割れないように考慮するとかしないんですかね?



スマホ画面割れに始まっても、それだけでは終わらない事実


やぎろぐさんのブログ記事内でも他の方のTwitterの内容が掲載されていますが、

画面割れ自体も問題ですが、それだけでは終わらないであろうことが示唆されています。

人間関係が雑だの、〇〇〇がだらしないとかなんとか。

金銭感覚とかもでしょうか。

因みに知り合いでは、一人だけ心当たりあります。

知り合いの女性にスマホ画面割れて放置していた人で、お金関係もまあマズい方が、、、、、、、

難儀ですね。


後々になってからようやく動くんでしょうね。

時と場合によりますが、「手遅れ」というのもありますよ。


トラブルには色々なバリエーションがありますから。


悪気がないのかもしれないけど、、、、、、


全然自分を知らない他人からしたら、残酷ですがあまり関係のない話です。


ただのだらしない、どうしようもない人として「見る人」の記憶の中に残ります。


それが第一印象であれば、その記憶が最初からあって色々と苦労するでしょうね。


人生のなるべく早い段階でその事実に気づいて「モノ」の扱い方に気を付けたいですね。



物をやたら大切にする、気に掛けるというわけではないですよ


物は必要な時に、必要なだけ使うのが一般的です。


サッカーのスパイクも普通に練習や試合で使用していたら痛み、底は擦り切れてきます。


あるべき使い方をしていたら傷むことは当然のことです。


必要なのは、普通に管理する、然るべきに使うということです。


スマホの具体例になりますが、割れないように人込みや通路で極力触らないことですね。


あと、ポケットにあまり入れない。


細かい気遣いのことになるときりがないので端折りますが、常に割れないような所へ意識を持っていくのが良いですね。


そして、どんなに気を付けていても不慮の事故で傷つくことも多いです。


その際は、ネットで調べるとかスマホのショップに行き相談するとかですね。


行動の初めの第一歩が大切です。


そこからとんとん拍子に進むことだって多いです。


ある程度はどうにかしてみようかとか考える意識こそ大切ですよ。



総論-所有物は時に「誰か」の名刺になります


名刺というのは言い過ぎでしょうが、

誰かの私物をみてあまりにもズタズタであれば、この人大丈夫かな?なんて感じるでしょう。


どう考えたらこういう傷み方、壊れ方するの?とか。


普通に使っていたらならない形態とかありますよね?


そういう人は、観察している人のフィルターに自然とかけられて弾かれていきます。


迂闊にかかわると後々トラブルの種になると考えられるので。


人の中身を見てほしいなんてありますけど、初対面に近い間柄こそ外面が大切です。


モノの扱い方で大まかに、その人のキャラクターが知れてしまうことは事実ですよ。

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